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  • 2016.05.06 Friday
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鳥の呼ぶもの

 こんにちは、ご無沙汰してます。丕緒の鳥の延長線上的な二次創作。長い。殆ど二万字(一応超えてない……確か)です。いつもの倍って事だよふはははは……
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丕緒の鳥読了!!!!!

 十二年待って居たファンの方々からすれば、私なんて大変な新参な訳ですけれど、でもはい、出ましたよ漸く!そして読みましたよ!!!!

 短編集で本編に絡む重要なことは、まぁ描かれないだろうなと、そっち方面での期待は最初からしてなかったので(というよりそんなの書いてあったら寧ろ苦しみが増すだけなので笑)、下級官吏の皆様が血と汗を滴らせて苦心惨憺する(?)様を楽しく読みました。とは言っても、楽しくなんて言えない感じですけどね、どの短編も。

 公の具体的な職掌というものが垣間見られてとても楽しめました。殊に暦の話は良いですね。あの如何にも学究ヲタクな感じ良いな〜

 「青条の蘭」の舞台、みなさん何処の国を想像したのでしょうか。多分ワザとラスト近くまで伏せてあったのかなと思うのですが。私はてっきりあの雪と荒廃の所為で、戴だと思い込んで居たので、ラストで頭がつーんとやられました。ううむ。

 どの短編好きかって甲乙付けがたいのですが、私は随分と支僑のキャラにやられまして、従って「風信」がとても好きです。小野主上の、男女のペアでも恋愛にならない安心感が大変安心感です(日本語)

 以下各話感想。ネタバレそりゃあアリです。



「丕緒の鳥」

 yomyomを買い逃して死ぬほど悔しかった中学生のあの日を忘れない。でも却って短編集で他の人よりも多く楽しめたかなとは思いますが。

 もう構想が思い浮かばない、という自分に絶望する丕緒が、ふとした会話から過去を、同僚を、自分を見直して、枯渇していた構想が瑞々しく甦る様が素晴らしい。勿論構想は彼一人のものではない……のですが、別にそこはそれで良い訳で。陽子がまっすぐで良いな!出来れば一人で見たかったな、とか独り言っぽくて微笑ましいですよね。こういうところを見ても、陽子ってホント……良い子になって……!ってこう、万感が……。

 それはそうと、大射という儀礼・行事が具に描かれていて、小野主上の書く物語の意細部は、本当に読んでいて飽きないなぁと感心するばかりです。これは今回のどの短編にも言えるとは思うのですが、職人に近い人々の話となると、特にそれが顕著に思えます。





「落照の獄」

 これって、私は本編に絡む話なのかなぁとyomyom読了時には思って居たのですが、只柳が滅亡してゆく、という事を示すだけに過ぎないのでしょうか?この短編集の趣からすると、後者に思えてくるのですが……。しかし柳という国が何処かおかしいというのは本編で再三に渡り指摘されている事柄でもあるので、もやもやとした予感が残るばかりです。

 これの面白いところは、裁判の形式ですね。民に刑罰の減量の是非を問う、という手続き(と言って良いのか)を踏むのが興味深いです。また、入れ墨も。本当に細かいところが面白い。

 柳の滅亡云々の話になりますが、度を過ぎた法治は新たな国政のスタイルや主義、或いは思想を生み出してしまいかねない、つまり国の在り様が王に規定されず法に規定され、徳治主義的な面が薄れてしまって、国の有限性みたいなものが担保されにくくなるから、天がそれを感知して滅ぼそうとしてるのかな……というのが今のところの私の考えなのですが。つまり王が玉座で寝ていても、国はまっすぐに進む……という様な言い方で表されていた法治主義は、天の摂理に反するものだったのではないのかな、と。

 ああー気になるなー……



「青条の蘭」

 これは或る意味ギミック・ミスリードの利いた話ですね。読むのが久々に辛くて(月の影〜以来かも)、助かって欲しい、でも此処は戴だろうし……なんて思ってましたら、違いましたね。一気に気持ちが楽になりました。

 何だろうな、とても少年漫画的な感動を喚起する作品だったので、悲しみのカタルシス的なものが呼び起されなかったのですが(つまり私の好みと若干違ったのですが←おい)、身分や事情を飛び越えた友情・信頼が暖かいなぁと思いました。

 それから里が全滅すると里木が枯れる、というのを初めて知ったので、少々衝撃を受けました。これってつまり、一度国が荒れるとどんどん人口減少に拍車がかかるシステムなんですね。上手く出来てるけど恐ろしいなぁ。

 また、天が遣わした病に対して抗う方法は、矢張り天から与えられている、という論理が面白い。じゃあどうして病を遣わせるの?という素朴な疑問が生まれる訳なのですが。そうやって病と新種をワンセットにして、生態系に組み入れるという事なのかなぁ。



「風信」

 暦に着目する小野主上のセンスに脱帽な作品でした。大好き。地方ごとの暦をどうやって作成するか、という事が面白い!そして実験・調査のやり方も。墨家的なものを感じますね。

 支僑のキャラが凄い良い。変わり者で丁寧で遠慮がちで優しい学究ヲタクって、何だかほんわかしちゃいます。何だかんだでまともに登場する女子率が低い短編集だったから、単に女の子に飢えてただけかもですけど。

 何か言葉で上手く伝えられないんですけど、ああーこの短編良いなぁー……(笑)

 他の作品に比べて考察対象の物事とか特に出て来ないし、只雰囲気楽しんで満足してしまったのですが、兎に角良い作品でしたこれ。




書痴にて同人

 お久しぶりです。十二国記、夕暉と浩瀚が太師府でばったり、という話です。私はどんどん太師府を都合の良い場所にしてるなぁ。あはは
 そして季節が一つ前の「杏花問答」と被りますが、ご愛嬌という事で。
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久しぶりに

鈴と祥瓊とあの人とこの人と。
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燈火と陽

 新装版が出るたびに十二国記読み返してて自分…はぁ…面白いですねぇ…
 浩瀚と陽子。色々ごちゃごちゃ悩んでます。新刊の内容によっては齟齬が出そうな「妄想」を含む感じなので、苦手な方はご注意。あと新刊出たら下げるかもです
 浩瀚が子供っぽいです。あと何か自分的に総まとめっぽくなった。色々。
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超えた先に

 月祥が書きたくてたまらなくなり、結局書く!という…(笑)前向きに後ろ向き。
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札遊び

一つ下の記事の「独り遊び」の後日談的な。これだけで読めます。みんなでのんびり。てゆーか仲良すぎだろ慶…と自分でつっこむ。そして景麒のログアウト感…。
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独り遊び

芳を回想する祥瓊と、聞き役陽子。月祥ぽいけど違うって方向で…
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たまには

浩陽だった良いじゃないですか!(ダァン)
という訳でほしなみ実は凄く浩陽好きなので書いちゃいましたよ。そして結局無理矢理浩陽にしたよ感。甘くない。てか恋愛してない。あーあ。
続きからどぞ。
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十二国記の最新刊に備えて

 今更ですが復習を兼ねて妄想備忘録をば。
 色々と妄想してたのですが、柳国のうっすら怪しい崩壊理由について考えがまとまったのでメモっておきますですよ。それに関連して他の事もメモるですよ。

 まず柳は「法治」国家です。「法治」の意味としては勿論、法によって国を治める、という意味だと思うのですが、この「法治」こそが柳の首を絞めているのかなと。
 『帰山』で風漢が「露峰は自らの作った法に無頓着になった」という様な事を言っています。どうして王がそういう状態になったのか。
 「法治」というからには、「法」は何よりも優先されるべき事柄となります。例えば「王」よりも、「王」の発する「勅令」よりも。「王」は「法」に叶わない事は行えませんし、「法」を遵守する義務を誰よりも重く負います。
 つまり「法」は「第二の天綱」と言っても良いのかもしれない。そう思うと、柳が不気味に崩壊しつつある理由が分かる様な気がします。
 柳王は天に背く様な「罪」を犯したのではないか。それが私の考えるところです。
 「法」を整備し、運営し、その精度や錬度を上げていくにつれ、「王」に「法」が先んじるという状態が立ち現れても何ら不思議ではありません。
 けれど麒麟を通じて天が王を選ぶ限り、「王」に先んじるものを天が認める筈が無い。逆に言ってしまうと、理屈だけで言うなら「法」に従う王朝は「法」のある限り滅びない。
 陽子は「天が存在するならば、それは無謬ではありえない」と直感した訳ですが、その直後に西王母が現れて天の存在を予感させました(まだ分かりませんけど)。
 だとするなら、天は存在する。そして天は無謬ではない。故に人間は更に無謬では無いと言える。
 けれど「法」はどうでしょう。「法」が「法」であり続ける限り、それ「自体」は無謬なのではないでしょうか。丁度、天が直接下界に干渉せず、天綱によって接触・統治する様な。つまり天はこれによって自身の無謬を覆い隠しているとも言えます。
 その様なものを「王」が作り上げることは、その天綱に触れるのではないか。それ故、柳は奇怪な滅び様を呈しているのではないか。私はそう思います。

 少々話は変わって、では天の謬とは何か、という事を考えてみたいのです。
 結論から言ってしまうと、それは蝕なのではないだろうかと私は考えます。
 十二国のある世界とこちらの世界、どちらも天が作ったと仮定すると、その二つの入り混じる瞬間というのは、明らかに「天の意のままに世界が動かない」瞬間であると言えます。
 それが不定期に起こる事、それによって卵果がゆき、人が来る事。海客や山客を迫害するのが「古い慣習」である事。これを考えるとき、想像ですが蝕は天の誤謬によって発生するものなのではないか、と思うのです。

 「古い慣習」序でにもう一つ。作中では「古くは〜だったが今は…である」という文章、発言が散見されます。例えば半獣の、或いは海客山客の処遇。また、街の在り様(南面している筈がいつのまにか北面している)。更には王の臣下に対する態度。また或いは、更夜が黄海に里木を植えた事。雁が妖魔を騎獣、家畜にこれを加えたこと。
 これらは「天綱に触れない」変化ですが、ふと思うのは、十二国の世界は変化すべき時に達していて、その「変革」の物語なのではないか、という事です。
 あ、勿論妄想純度100%ですけどね。
 だとするなら、それは人間が天へ叛旗を翻す物語なのではないか。「作られた世界」を壊し、混沌を許容し、その混沌こその自由を求める物語ではないのか…と私は脳内で自由気侭に考えを遊ばせている次第です。

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