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  • 2016.05.06 Friday
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もう少し考えてみたけど

蓑浦は諸戸のこと好きな自分が嫌いなんじゃなくて、自分を好きな(というかそれを出す)諸戸が嫌いなのかも。同じことかもしれないけど。
諸戸の事を「美しい人」で「頼りになる人」みたいな目で蓑浦は見てるみたいだし、何かこう、尊敬対象が崩れる瞬間を異常に醜く感じるのかなーと思って。
でも尊敬対象の諸戸に甘やかされるのは好き、みたいな。そっちの方が筋が通るかなって。

諸戸は「蓑浦の不幸」を背負ったキャラだったのかな、とも思えるけども
蓑浦が幸せである間は彼って蓑浦から遠ざかったりしてて。
逆に言うと緑(秀)が死んだら実は生きてました的なオチもあるかなみたいな。
夢見てすみません

何にせよ蓑浦が諸戸を殺したなっていうか、諸戸も多分そういう演じ方で死にたかったのかなっていう。諸戸は自分を自分で演じてるところがあるなーみたいな。
彼にとって全部が演技だったとすると、蓑浦を好きな諸戸である部分だけが真実なのかなと思えるというか。
つまり蓑浦の誠意ある対応を求む状態で読者が苦しいです。ううう

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