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  • 2016.05.06 Friday
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美しいものへ、美しいものを

長谷部さんきもい!!!(褒め言葉)
みたいな小説。長い。謡曲『弱法師』ネタがばんばん出るので、何かもう読み物としてちゃんと成立してない感じする。
テストでTumblrに投稿してみたんだけど、TLがとんでもなく侵食されてやっぱすごい申し訳なかった

おう見るぞとよ見るぞとよ
さて難波の海の 致景のかずかず 
南はさこそと夕波の 住吉の松原
東の方は時を得て
春の緑の草香山
北はいずく
難波なる 
長柄の橋のいたずらに かなたこなたとありくほどに 盲目の悲しさは
貴賎の人に行きあいの まろび漂い難波江に 足もとはよろよろと 
げにも真の弱法師とて 人は笑い給うぞや 思えば恥かしや 
今は狂い候わじ 今よりはさらに 狂わじ

 海が見える様な気がした。鴎の鳴き声、湿った南風、轟に寄する波。己は見た事の無い景色だと言うのに、鮮明に、唐突に、それは彼の眼前を横切って、そしてまた消えゆく。煌めく黒っぽい海原は、憧憬を掻きたてる色をして居た。
  急速に、日は暮れていった。彼の人に捨てられたのだ。その悲しみと諦観が、彼の胸を一杯にした。今日もまた日が暮れる。弥陀の来迎を願う刻限だった。西方浄土を夢見る時間だった。一面の海が見える気がする。錯覚でも構わない、只、心の中に結んでは消える真実の瞳が、はっきりとそれらを捉えて居る。見えない事によって良く見える。彼には、くっきりと西方浄土が見えた――そしてまた、難波の向こうの大海原も。  手から、何かが離れた様に思う。喪失の痛みには覚えがある。はた、と我に返ると、其処はいつもの風景だった。本丸と言われる邸の、主の居室のすぐ近く、長く伸びる細い廊下に、彼は立ち尽くして居た。何か、物音を聞いた様にも思った。彼は鈍磨した頭を其の儘に、一歩踏み出そうとする。途端、右足に嫌な感触を覚えた。
 「――あ」
  室内で履いて居る白足袋に、じくじくと液体の染み込む感覚があった。痛みは無い。恐る恐る足元を見遣ると、硝子の花瓶が、真っ二つに割れて居る。水がしとどに零れ、生けてあった百合の花が無惨に折れて居た。何が起きたか良く把握し切れずに、只呆然とその有様を、画家が風景を見詰める様な具合に、鳥瞰的に見据える。心が痛む予感があった。何故己が花を運んで居たのか、分かって居るのに思い出せずに居る。潮騒が、ざわざわと彼の内側を掻き乱した。夕陽が見えた。没日の照らす、朱色の美しい海。波に入り日は滅亡と悲哀の図案だ。だが、不吉には感じられない。百合の花が嫌に白い。眩暈がした。足が、濡れて冷たい。風景が真っ赤に、西日に照らされて燃えて居る。
 どうした、と遠慮がちな声が聞こえて来た。廊下の先、本丸の離れに設えられた部屋に住まいする、この邸の主の声だった。
「長谷部?」
 呼ばれているのが分かって居ながら、何も答え返せずにいる。目に映るのは、現実的には割れた花瓶と百合の花だ。足に感じるのは水の零れた冷たい感触。だが、彼が実際に見て居るのは、遠い難波の海の先であり、燃える様な入り日の有様だった。呆然自失して、只立ち竦んで居た。主の姿が見えても、まるで金縛りに遭った様に動けない。事態の奇怪さを察したのか、主は眉根を寄せて後ろを向く。人を呼ぶ気配だった。
「……前田、平野」
 幼い姿をした二振りの短刀が駆け寄る様にして、主の許へやって来る。非常時である事を察した前田は不安そうに長谷部の近くへやって来て、つい、と腕に触れた。途端、鈍く頭が痛んだ。現実と夢想とに引き裂かれた視界が混濁して、慌てて近くの柱に倚り掛かる。息が乱れた。真っ赤だ。切なかった。置いていかれた、その現と幻とが、二重に長谷部の胸を掻き乱した。
「前田、私の部屋で構わないから、床を延べて呉れないか。平野、このデカいのを連れて行くのは、此処に居る者では無理だ。力がありそうな奴を呼んで来てくれ」
 はい、と可愛らしく答えて、二人は役割を終えるべく散ってゆく。主はと言えば、いつもの神官白衣と緋袴姿にごく簡単にたすき掛けをして、零れた水を拭き、百合を除き、硝子を集めて居た。良い土で作られて居たからだろう、硝子は破片も無く二つに分かれて居たのみだった。それ等を全て視界に収めながらも、尚長谷部は上手く動けずに居た。心の中を必死にまさぐった。愛しさと憎しみとが、嵐の様に渦巻いて居る。その情動のうねりに身を任せた儘、現実に背を向けてしまいたかった。夕日がくっきりと見える。己を捨てた嘗ての主の顔が見える。迎えを待ち続けて心を殺して居た時に幾度も耳にした、異国の祈りの言葉が聞こえる。
「長谷部、歩けるか」
 主の声が聞こえる。水の中に居る様な遠さがあった。歩く、という感覚を手繰ろうとして、失敗する。杖を突きながら、恐る恐る、地面が続いて居る事を確かめつつ歩く感触ばかりが明確に去来する。苦しかった。捨てられたという真実を見据えるのが。迎えに来てくれる筈だと、心の何処かでいつも思って居た。それさえ信じられれば、本当の意味での不幸にはならないと思って居たのに。何故、上手くいかないのだろう。何故、その心を諦められなかったのだろう。夕映えに心躍らせる盲目の俊徳丸は、その希望を捨てたにも拘わらず、父の迎えで高安の里へと戻って行った。つ、と涙が零れた。諦める事が全的に良いとは思わない。けれど、ならば彼の何がいけなかったのだろうか。どうすれば良かった?過ちは何だった?
「長谷部?」
 今の主の、高くか細い声をして、その癖男の様な物言いが聞こえる。愛おしさと悲しみで胸が痞えた。また、涙が零れる。雑踏の塵埃が見える。彼が仮令、この苦しみの儘に大声で泣き叫んでも、誰も同情してなんて呉れないのだろう。その諦観の美しさ、鋭さが、父に迎えられる為に必要なものなのだろうか。
 長谷部には、それは出来ない。忘れずに心の中に秘めて、ずっと傷付き続ける事しか出来ない。その仄かに甘い苦しみは長谷部の内に巣食って、いつしか彼自身に成り代わってしまって居た。もうどうにも出来ない。彼が口を衝けば、前の主への執着が流れ出る。何故なら、それが彼自体だからだ。彼は待ち続けて、いつしか愛情と憎悪と執着だけの存在になってしまって居た。嗚呼、それが俊徳丸と違う処だ、と感じた処で、膝の力が抜けた。主が珍しく、困惑した様子で叫んで居るのがぼんやりと聞こえた。倒れ伏す、その数瞬がゆっくりと過ぎてゆく。今更ながらに、主に百合の花を見て欲しかったのだと思い出した。聖母の花だ、と長い苦しみの中で聞いた事があった。百合の花を捧げて、薔薇の花を掌の中に象り祈るのだと。神の一人子を生んだ乙女は、美しい花園に住まいして居る事だろう。そう思って摘んだ。あの香しい匂いを、貴女に運びたかったのに。貴女の為だけに、捧げたかったのに。目の前が真っ暗になって、其の儘彼は頽れた。

――ふと目を開くと、見知った風景だった。永劫の静寂が続く、湿り底冷えする、蔵の中だ。嗚呼戻って来たのだ、と感情の起伏を己に許さないよう注意しながら、小さく嘆息する。黒田に下げ渡されてからの日々は、殆どこうした蔵の中で、荒々しい矛盾した感情を抱えながら微睡み続けるものだった。幾度かは床の間へ出され飾られる事もあったが、だからと言って何かが変わる訳でも無かった。だが、下げ渡されたまだ間もなかった頃、祈りの言葉を頻繁に耳にした。葡語のものも羅語のものも、またやまと言葉に翻されたものも聞いた。余りに頻繁に聞かされた所為で、かなりのものを付喪神である長谷部すら暗唱するに至ったが、その意味をきちんと覚えて居るのは、聖母への祈りだけだ。
 Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum,
 benedicta tu in mulieribus et benedictus fructus ventris tui Jesus!
 Sancta Maria, sancta Maria, Maria ora pro nobis,
 nobis peccatoribus nunc et in hora mortis nostrae. Amen.
 その祈り自体に、特段何かしらの思い入れがあった訳では無い。だが、数珠の様なものを繰りながら、百合の花を生けて祈る童の姿が、不思議と思い出されるのだ。その父親が言うには、百合は聖母の花、そして数珠にも似たその道具は、手の中で薔薇の花を象る為にあるのだと。その美しい祈りの所作が、小さな感動を彼に与えた。美しいものへ、美しいものを捧げる人間の健気さを、彼は其処で初めて知った。美しいものを捧げたいという、何とも人間的な心が湧いた。捧げる相手だけが、いつまで経っても現れなかった。それが彼を苦しくした。憎しみを深くさせた。そして苦しければ苦しいだけ、愛情が増した。執着はどんどんと濃くなった。助けて欲しかった。ただ、迎えに来たと、その一言を待って居た。
 諦めは美しい。諦めだけが、俊徳丸に海の幻想を見せる。浄土の風景を差し出せる。父の迎えすら、手繰り寄せる事が出来る。それは、望まない事によってだけ果たされるのだ。それが物語の決まりだ。長谷部は物語の中には生きて居ない。だから諦められないし、諦めたとしても迎えは来ない。彼には帰るべき処など無かった。高安の里も、難波の海も、西方浄土も皆幻影だ。彼はただ、冷たい蔵の中で、未来永劫微睡んで居る事しか出来ない。主は物語の中に居る。もう、そう言えるだけの年月が過ぎた。聖句も祈りも聞こえなくなって、それが錯覚だったのではないかと感じられるだけの歳月が過ぎた。百合の花の香りすら、今は懐かしい。
 新しい主に出会ったのは、苦しみすら色彩を失ってしまった頃だった。人型を与えられ、伸び伸びと心を使えた。それが嬉しくもあったが、同時に苦しみの鋭さも思い出した。過去を思う心の重さを知った。忘れる事に、諦める事に失敗して居た。やっと見出して貰えたのに、彼は結局また、盲の少年の儘四天王寺へ帰って来る。いつまでも、迎えに来てくれる、その一瞬の喜びだけを追い掛ける。愚かだ、愚かだと思いながらやめられない。誰も来ない。何も捨てられない。己だけが可愛い。
「美しいものへ、美しいものを」
 百合を捧げ、薔薇を繰る。阿字門に入って、阿字門を出づる。この世の最も救われ得ぬ者をこそ、必ず救うと誓ったのが阿弥陀如来であると言う。そしてまた、神の一人子は罪深き迷える子羊を、仮令一匹のみであれ探し出して呉れると言う。
 ならば、貴女に。貴女にだけ美しいものを捧げ、貴女にだけ救われたい。貴女にだけ、迎えに来て欲しい。仮令盲目の足弱車になって居たとしても。心の海に夕日は無く、百合の花を摘み損ねても。それでしか苦しみは癒えないのだ。それでしか、己の意義が見出せないのだ。殺しても殺しても、己が此処に居る意味は見えない。この黴臭い蔵の中に居る意味も、また夕映え照らす四天王寺に居る意味も。貴女に美しいものを捧げる事でしか、美しいものを受け取って貰う事でしか、己は存在出来ない。だからどうか救って呉れ。欲しいと言って呉れ。美しいものを、手にしたいのだと。

「――目が覚めたか?」
 不安そうな声音だった。ぼんやりと瞼を開くと、穏やかな明るさに視界が整う。見上げれば、主の姿があった。華奢な手が、長谷部の頤を、猫にそうするかの様な塩梅で丁寧に撫でる。心地良かったが、主の瞳を見て、困惑が擡げた。泣いて居た。ぱたり、と真珠の粒の様な涙が枕辺に落ちる。美しかった。そうまでさせて、美しさに拘る己が居た事が、嫌だった。
 口を開けては、噤む。その繰り返しだ。顎から髪の生え際を撫でる右手を握り返すと、彼女の瞳からはまた涙が零れた。
「迎えに来て、呉れたのですね」
 小さくそう言うと、当たり前だ、と言い返される。当たり前なものか。それは奇跡の様な事なのだ。少なくとも長谷部にとっては、盲が治る位には。
「貴女に、百合の花を見て欲しくて。けれど、思い出すものを間違えました」
 俊徳丸を思い出したのです、と言うと、しゃくり上げる気配。父親に捨てられ、盲目になり、そしてまた見出された少年は、諦観の裡に海を幻視した。西方浄土を夢想した。
「俺は、ずっと此処に居たい。貴女以外の誰にも救われたくない」
 涙の溜まった双眸は、静かに彼の決意を見詰め返す。もう受け取って居る、とか細い声がした。
「百合は、ちゃんと届いて居る。愛情も、憎悪も、苦しみも、祈りも、全部。聞こえない日なんて、無い」
 だから考えるな、と言って、目を塞がれる。鳥の鳴き声が聞こえる。朝が来たのが分かる。けれど、微睡んだ。どんなに悪夢を見ても、どんなに救いから遠ざかっても、きっと見つけて呉れる。その安心が、温かい。開けた海が見える。瞼の裏にではない、鼻腔に潮の香りを感じる。美しく凪いだ、母の様な海原が見える。頌栄が聞こえる。美しい聖母は、美しい花園に住まいする。血みどろの己すらも、罪を濯がれる。優しさに憩う事を許される。それだけだ。もう、それだけで、どんな己も救われて居る。

 めでたし、聖寵充ち満てるマリア、主御身とともにまします
 御身は女のうちにて祝せられ、御胎内の御子イエズスも祝せられたもう
 天主の御母聖マリア、罪人なるわれらのために、今も臨終のときも祈り給え
 アーメン

  了


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