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  • 2016.05.06 Friday
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とうらぶしたりユリ熊嵐見ながら、愛情とヤンデレについて考えた事。

 こんにちは、ほしなみです。最近刀をかーんかーんかーんしてます。知ってる!!!それと、『ユリ熊嵐』見てます。もうすぐ終わるけども……。
 さて、ご存知かと思いますが、最近私はとうらぶの長谷部を「ヤンデレ予備軍」と言って、早くヤンデレにならんかねならんかね、と言ってたんですが(その後軽傷ボイスで何か違う方向に美味しく狂ってはくれたんですが)、自分でも何故「ヤンデレ」ではなく「ヤンデレ予備軍」と感じたのか良く分かんなくて、ちょと自分内ヤンデレ定義を更新すべきかね!と思って、こちゃこちゃまとめたものを上げますー。その序でに、イクニ監督作品とCLAMP作品の愛情の違いについても、ふと考えたのでまとめておきますね!どちらも長いので、記事の続きの方に愛情の違いについての考察を置いておきます。分けて読んでね!!!
 あと、本当にブログ引っ越ししたい。ジュゲムさんさ、最近「記事の続き」機能使うと、フォントが明朝に統一されないんですよ……読み難いよこれ……。Tumblrは「記事の続き」機能を使う為にタグいじらないといけないみたいでもやもやする(上に、何か上手くいかない)し……。TL的なものがある所為で長文は他人様に迷惑かけるし……。ぐぬぬ……。
 Tumblr、折り畳み機能マスターしました。ただ、長文書くとなるとどうしても動きが鈍くなるので、徐々に移行しようかな……と。うーん世の中ままならぬ……。実際名刺とかにはこちらを本拠地指定してしまってるので……。



 さて。私(とΣさん)は今迄、ヤンデレってどういう属性か?について、「優先順位がおかしくなっちゃってる人」という様な簡単な定義をして参りました。その言葉の中には、次の様な積極的特徴が含意されて居るかと思います。
・他律原理主義的(他律こそ最重要!みたいな)
・行動・思考の優先順位の改竄(これは自分がやりたくてやってんじゃない!という部分と、意図的な部分と両方あるとは思うけど)
・上記に幸福や充足感の可能性を見出す(或る種の自傷肯定的な行動スタイル)
cf)皇昴流(『東京BABYLON』『X』)、常・直(『東亰異聞』)等

 で、もし上記だけがヤンデレの特徴だと考えるなら、長谷部は完全該当者なんですよね。一応論拠を上げておきますと、
・やたら主命や主に拘る
・自分の意に染まない事でも主命なら遂行する
・自分の意志を軽んじる(演練開始時の台詞とか)
・主命に肯う事がアイデンティティの一角を成して居る
 にも拘わらず、私は「うーん何か健康的なんだよね長谷部ね!!!」という意識を拭えずに居たんです。で、考えてみると、次の様な消極的特徴も必要なんじゃないかなと。
・自分の思考や行動が道徳や道義に反して居る事への罪悪感
・病的である自覚と諦観
・自分がそういうスタンスである事が誰かを悲しませる可能性を有しているという認識(悲しませる事に躊躇いが無くても可)
 上記の特徴を持つ事で、そのキャラは二律背反に苦しむというか、自己矛盾を抱え続ける状態になり、その不安定さが決定的な破局や不幸を呼び寄せるんだと思うんですよね(ストーリー進行的に)。それが長谷部には存在しない部分だろうなあと……。

 あと、これは実際的にはヤンデレ形成に致命的な一打を加える要素ではないなと考えるけども個人的に好みじゃない点として、長谷部って前の主(織田信長)の悪口ばんばん言うんですよね。それは囚われてるっちゃ囚われてるけど、単なる不満とトラウマ形成に対する異議申し立てであって、何と言うか、信長を客観視しようとするフェーズへの移行を感じるんですよ。全的な肯定(恭順)→全的な否定(反抗)→客観的な視座の獲得(依存からの脱却)という順序を考えるなら、長谷部は既に自力で二番目のステップまで来てて、それって別に放っておいても自分で信長を客観視する様な成長を遂げるだろうなあという感触をユーザーに抱かせる感じがします。そこまで考えてキャラを見るユーザーがとうらぶキャラを考察するかどうかは勿論疑問ではあるけども……。

 ただ、最近追加された軽傷台詞で、寧ろ彼の戦闘狂っぽい面が強化されたので、違った方向に病んでる可能性が寧ろ強まった気もします。それはそれで美味しいです。彼にとっての歴史修正主義者という存在は、主や主に付帯する色んなもの(2205年という時代とか、他の刀剣とか、歴史修正を止めようとする思想とか)を否定してかかって来る存在であり、自分が彼等の刃に傷付けられるって事と、主や主へ帰属する概念が破壊されんとする事が等号で結ばれてるのかな……という電波を受信しました。文章下手ですみませんね……。軽傷の時の「だから?」っていうのは、それがどうしたって意味な訳で、それは「そんなんじゃ壊せない(主に帰属する色んなものを)」という事……であって、彼は彼自身が大切なのではない……だろうと。それがどうした、なのは主が強いからであって自分が強いからじゃない!という宣言として受け取ると(私は)美味しいです!!!補完万歳!!
 彼は彼自身の事を大切にはしてないけれども、それ程に主が大切、という様な描写もやっぱり不徹底に感じる。どっちも中途半端って事は絶対的な悲劇には繋がり得ない訳で、例えるなら『xxxHolic』の中盤の四月一日みたいな成長途中のキャラ……。主への心酔描写(これは主が大切っていうのとは別物。どれだけ他律かって事を表したい)もイマイチなので、全的献身と心服を有する病んだアガペー持ちみたいなキャラ方向でも無い……。
 ので、長谷部ってヤンデレというより、もっと積極的に噛みついて来る感じの病みなんですよね。主を肯定する方法が、そのまま敵をねじ伏せる事なんですよね、きっと彼にとっては。彼が病んでるとすれば、それは「他者を殺し続けないと大切なものを肯定できない」というところや「斬り伏せる事自体を疑わない(何故ならそれは肯定するという心の作用だから)」というところであって、それはヤンデレの様な、自分を変えてしまった決定的過去の軛から逃れられない、という様な病とは別種だなあと感じます。
 信長について未練と文句たらたらなのも、自分が信長にとっての敵を滅する役割から途中で降ろされた、という出来事があるからであって、信長を慕って居たから……とかとは違うなあと。主の人格、愛情、といったものは多分どうでも良くて、自分を使って呉れなかったから不満、自分のアイデンティティを無碍にされたショック……が許せないのかしらと(自分と信長が何処かで対等な自覚があったからこそ、自分で信長に対する客観的な視座を獲得しつつあるのかな)。
 我ながら、凄い良心的にキャラを見てるよ!!!正直これだけ理屈で補完しないと人格統合して見えない程、行き当たりばったりなキャラ造形をしてるなあって思うよ!!!


 続きにイクニ作品とCLAMP作品の愛情に就いて、もうちょい真面目な考察をば。
 
 さて。ジャンクなとうらぶのキャラ考察はひとまず脇に置きまして(予想以上に長くなったけど)。
 『ユリ熊嵐』については最後まで見てから色々書きますが、ひとまず、『輪るピングドラム』とも通じる、愛情の描かれ方について、ちょっと思う処があります。というのも、特に輪ピンの愛情描写というのは宮沢賢治に大きく依拠して居て、それはイクニの作品を描く上での原則とも基本的に符合しているんだろうと思うんだけど、それがCLAMPとは面白い程違う(けど、両者とも非常に説得力のある愛情の描き方をしている)んですよ。それについて整理して考える事は、これから私が作品の中で愛情を書いていく上で非常に有用だろうと思うし、昨今のあらゆる娯楽・芸術作品の中で、愛情とはどんなものとして描かれているのか、描かれていくのかについて考える上でも大切だろうなあと。まだまだ簡単な事しか考えられてないんだけど、ちょっと試みにやってみます。

*イクニ監督作品(或いは宮沢賢治作品)に於ける愛情
・我が身を削って(でも)、他者を助ける、生かす、またはそうしようとする事
・自分の望みより他者の望みを優先させる、尊ぶ事
・大きく言うなら、自分を分け与える事(擲つ事では無いと思うが、結果的に擲たなくてはならない場合もあるっぽい)
・上記を果たす事がドラマに於ける至高善(その成就の為に誰かを傷付けても?命を奪っても?←これが『ユリ熊嵐』で気になってる処)

*CLAMP作品に於ける愛情
・唯一無二の相手に手渡すものとして描かれる場合が多い(『カードキャプターさくら』で言うところ「私の一番好きな人」)
・自分を軽んじない事。自分が相手を大切にする様に自分自身を大切にする事(ちょとカリカチュアライズしたかも)
・大きく言うなら、相手を不幸にしない選択をする事
・自分か相手か、という二者択一的な選択を迫られた場合に、止揚を試み第三案を探索する事がドラマに於ける至高善(そこで相手を選ぶ事は、その大切にしてる筈の相手を傷付ける事になり、CLAMP世界の文法では良くない事)
(・究極的には、二者択一という安易な形に愛情を貶めない事が何よりの善なのかもしれない)

 整理しつつ感じたのが、イクニ監督作品に於ける愛情って、非常に宗教的なのだ、という事(これは勿論、だからこそ宮沢賢治という作家が現出する余地がある理由でもあると思う)。聖書にしろ仏典にしろ、愛情は「自己を愛する」というものがまず根源的にあって、そこから「他者を愛する」という風な拡大をするものとして捉えられて居る。我が身が可愛いという次元から、この人の為に出来る事をしたいと思う次元へ、みたいな。だからこそ、我が身を削る(弟子にパンと葡萄酒を与えるキリスト・虎に我が身を食わせる仏陀の前世)という発想が出て来る。愛情は痛みと共に分けられ、決して減らない。愛情を貰えない人は愛情を与える事が出来ない。でも、炎と同じで、一度胸に宿れば一生燃え続けるし、分かち合う事で増え続ける。これが大きな特徴だと思う。
 で、CLAMP作品は愛情の広がり方の順序が逆なんだよね。自分の事が全然大切じゃなくても(我が身が可愛くなくても)、誰かを一心に大切に思う事が出来る、という描かれ方をされる場合が多い。そして我が身を挺して大切な人を守ろうとする(イクニ作品の文法で言うのなら、我が身を削る)事は、一見愛情の発露に見えるんだけど、それは大切な人を深く傷つける行いなのだ、という風な論が展開されて居る。愛情は分割したり、誰かに手渡ししたりする事は出来ない。愛情は、自分自身で生成するしかないし、自分の外に投げても四散するだけの、ごくごくパーソナルで内的なものとして描かれる。その人毎に違う人を好きになり、違う発露をするのも、その人だけの愛情の形や色があるからだと。だからCLAMP世界では、愛されたいなら愛される様に誠意を示すしかないんだと思う。その誠意が、二者択一という厳しい選択を迫られた時に、己も相手も尊重して止揚の為に足掻く(自分と相手の両者の為に苦しむ)という事なのだろうし、もっと言うならばその最も困難な苦しみを引き受けるという事なのだろうと。

 個人的には、どちらも真なり!と思います。どちらも愛情として、正しく描かれて居ると思う。敢えて付すならば、CLAMPの愛情はやっぱりやや恋愛寄りなんだよね。でも『ツバサ』の小狼が義父の藤隆に拾われた時の事を考えると、必ずしもそれだけではない事を証明できる気がします。
 イクニの描く愛が宗教的・物語的なものであるのだとしたら、CLAMP……大川さんの描く愛は、実は現実的・実際的なんじゃないかと思う。というのも、現実に於ける愛情って、実際は二者択一みたいな袋小路には中々入らないし、自分を捨ててでも相手を……みたいなドラマティックな方向にはいかないんだよね、と。相手も自分も納得出来る選択、二人とも傷つかない選択が人生には必須だし、『xxxHolic』では愛情を働かせるには愛情だけでなく抑制心も必要なのだ、というエピソードがある。それは「誰かを傷付けてでも自分の望みを叶えようとする事は正しいのか?」という、愛情と車の両輪を為すもう一つのCLAMP世界的命題とも深い関わりがある。この命題も、「望みか?道義か?」みたいな二者択一的問いを許すべきなのか、という問題として解釈できるし、要するに「あれかこれか」という選択に自身を追い込む事は、生きる上で宜しくないし、その先に本当に大切なものは無い!という考えが大川さんにはある……のだろうと思う。これをここまで入念に描いて居るのはCLAMPだけだと思うし、卓見だなと私は思って居る。そしてそれは、「人生」という長いスパンで人間を捉える事によって生まれるものなのではないかなと。
 この愛情の描き方の違いは、また大川さんとCLAMPが小説・漫画という芸術形式に、イクニは演劇・アニメという芸術形式に、それぞれ学んで立脚して居る事と不可分の関係なのかな……という気もします。演劇・アニメという芸術の、時間の制限があるからこそ、主題を明確に主張し易い形式と、小説・漫画の内容量無制限による細かな感情のひだを描く事が可能な形式と。これはまたもう少しまとまったら文章にしたい点かな……。

 という訳で、うん、沢山考え事しました!!!!

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  • 2016.05.06 Friday
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  • 08:17
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コメント
ようやく読みました!遅くなってすみません。
イクニとCLAMPの愛情の描き方について、私もほしなみの考察に賛同します。実際イクニ、作品の中で教会とかも出してくるしね。

改めて、ほしなみは物語世界の住人なんだなあ、良きかな良きかな、と思いました。(私は何者なんだ。)考察お疲れさま!GJ!
  • Σ
  • 2015/04/06 12:29 PM
Σさん忙しい中コメントありがとう!
そうだね、イクニ結構そこらへんは迂遠には描かず、結構ダイレクトな感じよね。

わあい物語の迷路を永遠に探索するぞ☆Σさん、何者にもなれないお前達なのかもよ?(笑)
  • ほしなみ
  • 2015/04/06 9:01 PM
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